受動態の動詞が形容詞のような形で使われる例(ネイティブの解説あり)

「トムが殴られた」と聞いて、メアリーはびっくりしました。
Mary was surprised to hear that Tom was attacked by a strange man.”
でした。これもボブの夢の中ですがね。

上の英語の「びっくりした」は、‘ was surprised’ となっています。これも受け身です。「びっくりさせる」という‘ s u r p r i s e ’の受け身分詞が‘ s u r p r i s e d’ です。つまり、「び
っくりさせられた」ということです。

「びっくりする」「よろこぶ」「わくわくする」「がっかりする」など、人の気持ちを言うことがありますね。

「彼はよろこんだ」なら、英語では、形容詞‘ h a p p y ’ あるいは‘ g l a d ’ を使ってHe was happy (glad).’とB パターンで言うのがたいていのことです。しかし、日本語が動詞「よろ
こぶ」を使うのと同じように、英語でも動詞を使うこともあります。

ただ、ちょっと日英でちがう点があります。
日本語は、たとえば「よろこぶ」なら、その人自身が自分からよろこんだのだ、ととらえて「彼はよろこんだ」で済ませます。

英語の場合、「よろこぶ」という気持ちは自分の意思でコントロールできるのではなく、何かが原因になって生まれる、という理屈でとらえるのです。つまり、「よろこばせられる」と言うことになります。
He was pleased at the news.
= 彼は、そのニュースによろこんだ。

‘ p l e a s e ’ は「よろこばせる」という意味の動詞で、その受け身分詞が‘ p l e a s e d ’ です。したがって、‘was pleased ’という受け身の言い方で「よろこばせられた= よろこんだ」となるのです。

上と同じ意味のことをさっきのB パターンで言った場合と並べてみましょう。
A パターン受け身: He was pleased at the news
B パターン : He was happy at the news.

形が似ていますよね。しかも、意味が同じです。
だから、‘ p l e a s e d ’は動詞の受け身分詞というよりも、‘ h a p p y( g l a d ) ’ などの形容詞と同じ、と見ることもできるのです。ほとんど形容詞的に使われる、ということです。

つまり、‘ p l e a s e d ’ は、「よろこばせられた姿で」ではなく、「よろこんだ姿で」「うれしい姿で」と同じことだ、いうわけです。

そう考えると、‘ p l e a s e d ’ を使ったA パターンの受け身は、実質的には“ He was happy ” と同じB パターンの一種、と見ても問題はなくなります。「何が、何だ( どうだ)」の形です。
「メアリーはびっくりした」の‘ s u r p r i s e d ’ も同じで、「おどろかされた姿で」というより「おどろいた姿で」です。

「わくわくする」など、他の動詞の場合も見ておきましょう。 文のうしろのカッコ内にある「?〇〇」は、形式としては受け身分詞だが、実質的には形容詞と見てもいい、という語のことです。

He was excited to hear the news.
=彼は、そのニュースを聞いて興奮した(わくわくした)。 (興奮させる=excite ? excited [ - id])

You will be disappointed when you hear her new song.
=彼女の新しい曲を聞いたら、がっかりするよ。
(がっかりさせる=disappoint ? disappointed
[-id])

I am interested in psychology.
=心理学に関心があります。
(関心をもたせる=interest interested [-id])

I am satisfied with the result.
=結果(resultに満足している。
(満足させる=satisfy  ? satisfied [ - d])

We are bored with his idea.
=彼の考えにはうんざりしているのです。
(うんざりさせる=bore ?bored [ - d ])

The children were scared at the strange noise.
= 子どもたちは、そのヘンな音( n o i s e)にこわがった。
( こわがらせる= s c a r e  → s c a r e d [ - d ])

ただですね、パターンそのものの考え方については、悩むことではありません。A かB かといっても、どちらでも言い方自体は同じですからね。

日本語の場合、受け身として実際に「~ にびっくりさせられた」などと言うこともありますね。

英語の場合も、日本語と同様、受け身を意識する場合は、主従の関係の‘ b y ’ を使って、たとえば、I was surprised by the news.”とすればいいのです。こうすると、「~ させられる」と
いうほんとの受け身の感じが出ます。




ネイティブの子どもにとって受動態の表現は難しい

ところで、「受け身」というのは、おとなから見れば何でもないことですが、子ども( 特に、幼児) にはけっこう理解しにくいことなのです。

幼児本人が友だちから殴られた場合でも、たとえば「ケンちゃんがぶった( なぐった)」と言いますでしょ。「ぶたれた、なぐられた」とはなかなか言えません。

もっとも大きな理由は、何かを「受ける」というのは、目には見えないことだからです。
「殴る」ということは目に見えても、殴られた側について目に見えるのは、のけぞれば「のけぞる」、倒れれば「倒れる」、痛がれば「痛がる」、アザでも残れば「アザ」、… … ということ
でしかありません。どこを探しても、「殴られる」ということ自体は、動きや形などでは見えません。
だから、受け身の理解は幼児にはむずかしいのです。英語ネ イテイヴの子どもも同じようですよ。


Passive Analysis
English passive verb forms are learned very slowly. Many mistakes are made when learning to use passives correctly. My son is a good example.

He is in grade two. He reads books that use passive sentences. Therefore, he understands sentences like, it was given to her,” and “It was taken from him.”

However, my son doesn’t often use ‘give’ or ‘take’ in a passive oral voice. If I ask him what he has read, he says, “Somebody gave it to her,” and “Somebody took it from him. My son understands the form of the passive. The problem is that he does not really understand the deeper meaning yet. In these two passive sentences, given to her / taken from him’ is the important new information; in these two active sentences, it to her / it from him’ is the important new information. The important new information is what the speaker wants the listener to focus on. This knowledge develops slowly with contextual use.

Another problem for children of about seven years old is the confusion in meaning for ‘finished-result verbs.’ For example, the sentence, “The window was broken,” would usually point to focusing on the result of the action. By focusing on the result, the listener experiences the verb ‘broken’ as if it were an adjective. However, in English, we occasionally use intonation and context to indicate that we are focusing on the action of breaking.

In this case, we may be focusing on who did the breaking, not what the result was. Both result and action are possible interpretations of finished-result verbs. Discriminating between the two is difficult.

Another possible confusion is with verbs associated with mental states. For example, “I was surprised/scared!” Is the speaker talking about their current state of being surprised or scared? Or is the speaker trying to communicate that the other person shouldn’t have surprised or scared him? Context and intonation communicate the meaning.


( 要旨)
小学二年になる息子でも、会話で受け身の文を使うことはほとんどありません。息子が読む本の中にも「それは彼女に差し上げられた」などの受け身の文はありますが、「何て書いてあった? 」と聞くと、「だれかがそれを彼女にあげた」と言います。焦点の当て方によって言い方にちがいが出てくる、という理解の発達が遅いのです。

別の問題ですが、たとえば「窓ガラスが割れた」と言う場合、ふつうは「割れた」という結果を指します。ところが、その場合は「割れた」( b r o k e n ) が形容詞であるかのように聞こえます。「割られた」という意味のこともあるのです。「驚いた」と言う場合も、驚いている状
態だけを言っているのか、「驚かさないでくれ」( 驚かされた) と言おうとしているのか、文脈とイントネーション次第です。子どもは、こういうことでも混乱するのです。





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