話が長く続くときの仕組みを学術的に解説してみる

どこからか二人の話し声が聞こえてきたとします。ほんの出だしだけですが。
A : あした行くか?
B : え? どこへ?
A : 新宿
B : 何しに?

このわずかな会話に人間の頭のしくみが見えます。そのしくみを知っておくと、英語の勉強がぐっと楽になりますよ。

頭の中の枠
とつぜん「行くか? 」と聞かれれば、だれだって「どこへ? 」とまっ先に聞き返したくなりますよね。[ 行く] は「どこかの場所に向かって動く」ということだから、場所のない[ 行く] はありえません。

場所がわかっても、だれだって「何しに? 」「なんで? 」とつづけて聞きますね。少しでも目的がなければ、人は動き出せませんからね。

「だれが、いつ、どこへ、何しに」の各項目がまず埋まって、はじめて[ 行く] の意味が実際に成り立ちます。何かが埋まっていないと、頭が落ちつきません。

B 君は、「え? 」と声を出す

一方で、どこかに行く話でも前にあったかと急いで頭の中を探したはずです。思い当たらないので、「どこへ、何しに」と聞き返すわけです。

話が進めば、「だれと? 」も問うでしょう。「電車で? 」「集合場所は? 」「お金はいくらもっていく? 」のような、まとめていえば「どのようにして? 」もきっと話題になります。

何かを考えるとき、人の頭の中では、その何かに関係することを取り込む枠のようなものが自然と働くのです。

[ 行く] なら、「だれが、いつ、どこへ、何しに、だれと、どのようにして」などを取り込む枠が働きます。どこかで何かを食べようと思えば、[ 食べる] 枠がすぐに働いて「いつ、どこ
で、何を、だれと」などを思いはじめます。だれかが死んだと聞けば、「いつ、どうして」となるでしょう。

行くという言葉を聞いたときの言語枠

上の図は「だれかの頭の中のようす」、と思ってください。大きな楕円形が[ 行く] の枠です。その中に[ 行く] に関係する項目がつながりあっています。

三点、説明を加えます。

心理学用語  フレームと欄について

( 1 ) 「枠」といっても、線の形をしたほんとうの枠を思い浮かべるのではありませんよ。関係することだけを集めてくる頭のしくみをたとえて「枠」というのです。

( 2 ) 関係のないことは枠が寄せつけません。だから、楕円形の枠の外には何も見えません。関係すること以外はもう何もかもが枠の外で、頭によぎることもないのです。

たとえば、新宿に行こうと思うとき、自分の名前は何だ、この鉛筆はだれのもの、円の面積の公式は何だっけ、総理大臣はだれだっけ、その他、それらすべてがどうであるかなんて気にもとめません。

枠のおかげで、何かについて考える筋道が頭の中にできるのです。枠がなければ、無関係なことも頭にあふれて、パニックになってしまいます。

ただし、枠をはみ出して筋が横道にそれることはありますよ。

「どこへ‐ 新宿」の「新宿」から連想して「新宿といえば、このあいだ、… … 」などと筋ちがいのことが頭にとつぜんあらわれたりします。

でも、それは、「このあいだの新宿でのできごと」という別の枠に話が飛んだだけで、パニックというのではありません。

( 3 ) 枠の中の「だれが」「いつ」「どこへ」などの項目は、関係することを具体的に埋めるための欄のようなもの、と考えてください。

枠がちがえば、「何を」「どうして」その他が欄になります。
「行く」「食べる」などの「何する」も、枠を作っている中心ですが、一つの欄です。

「だれが」「いつ」などのように、疑問詞を使って書きましたが、「主語」「時」「場所」「目的語」などと書いても同じです。

ただ、それらの欄のどれかが空欄のままであることに気づくと、B 君のように「どこへ? 」などと疑問詞が頭に浮かびますので、疑問詞を使って考えていくほうが何かと便利です( この「疑問詞」ということば自体は、ずっとあとで問題になりますがね)。

[ 行く] なら、実際にどこかへ行くことができるように「わからないことをわかるようにする」というのが枠の働きです。

だから、自分が納得するまで、枠は関係することを取り込みます。

たとえば、「いつ‐ あした」でははっきりしませんから、B君の場合も、きっと、もっと細かく「あしたの何時か? 」の欄が枠に取り込まれてくるはずです。

また、各欄の中身の何かが接点になって話がさらに細かくつづいていくのもふつうです。

「映画をみに」だけで「はい、行こう」とはなかなかなりませんよね。「あした映画をみに新宿へ行こう」の「映画」が接点になって、[ 映画] の枠につながります。「どんな( 映画)( 主演は) だれ、どこの( 映画館)、( 入場料は) いくら、( 人気は)どう」という話になっていきます。

行くところが海であれば、[ 海] の枠が働き、「どこの( 海) 、そこで何をする( 泳ぐ、釣りをする)、… … 」となりますよね。
行くの枠から映画の枠へ

話が長くつづくというのは、一つの枠の中にある具体的なことがらが接点になって、次の枠、次の枠へとつながっていく、ということです。

この「枠」のことを心理学で「フレーム(frame) 」といいます。

このサイトでも、これから「フレーム」ということばを使っていきましょう。

日本人も外国人も同じ人間ですから、何かを考えるときの頭のしくみは同じにできています。ことばはいろいろとちがっていても、フレームは同じように働くのです。

このことを英語学習の前に知っておくべきです。


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