文法を知らなくても外国人とコミュニケーションはとれる!その理由は?

話が長く続くときの仕組みを学術的に解説してみるの続きです。

さっきのB君は、結局、きのう新宿で友だちと映画をみた、としましょうか。B 君がそれをだれかに伝えようとするとき、彼の頭の中には欄が埋まった次のフレームができます。
新宿で英語を見たBくんの頭の中


これを人に伝えるには、各欄のことばを順に声に出すか文字で見せればいいわけです。その順番を一般に「語順」といいますが、「欄の順」と考えるほうがわかりやすいはずですよ。

たとえば「新宿で」は、「新宿」と「で」の二つの語で一つの欄になります。だから、「語順」というと、各欄の中をさらに分解して全部の語の順番を考えなくてはなりませんね。これはめんどうです。頭がゴチャゴチャになります。

このサイトでは、この順番を「欄順」と呼ぶことにします。日本語にも英語にも欄順の基本はあります。でも、もしその順が次のようにでたらめだったらどうでしょうか?
語順をデタラメにすると意味は理解できるのか?

これでも意味はわかりますよね。ほかの順番をためしてみてください。やはり、わかるはずです。

なぜ?

でたらめな順番でも、日本語には助詞( は、が、を、に、へ、で、の、と、… … ) があるから通じる、とよく聞きます。

しかし、ほんとにそうですか?


フレームが言葉の交通整理をしている

話しことばでは、助詞を抜いた言い方は多いでしょ?

たとえば、「オレ、車、買った! 」「私、その話、知らない」「これ、食べる? 」「ウソつけ! 」「オレ、テント、持って、あした、山、行く」「彼、何歳か、君、知ってる? 」(「持って」の「て」、「何歳か」の「か」は助詞ですが)

思い浮かべるとキリがありません。

また、幼児のことばには助詞はほとんどありません。それでも、話は通じますよね。乳幼児に語りかける親も意識的に助詞を抜いています。

たとえば、「血が出た」と言うと、「ちが」で一つのことばかと子どもがまちがえてしまいかねないから、「血、出た」とするのです。

子育ての知恵ですよ。

助詞のあるなしよりも、フレームが働いているから、ということのほうが重要なのです。

フレームというのは働き者でして、関係する欄を取り込んでくるだけでなく、具体的なことばがどの欄に入るのかもうまく調節してくれます。

さっきの「オレ、車、買った」でいえば、[ 買った] のフレームが「だれが、何を」の欄を取り込むときに「オレ」「車」を適切な欄に埋めるのです。「車がオレを買った」のかな? などとは迷いません。他の例でも同じです。

フレームは、実際のさまざまな経験から作り出されるので、経験にあうようにことばの交通整理をしてくれる、というわけです。

だから、さきほどの図から助詞を抜いて「きのう、みた、新宿、ボク、友だち、映画」としても、わかるはずですよ。

「新宿をみた」「友だちをみた」とすると「映画」はどうなるのか、「映画をみた」にしないとまずい、というようにフレームがうまく取り仕切しきってくれるのです。

これ、「フレームの威力」というものです。
注意: 助詞は、フレームがその威力を発揮するまでもなく楽に働けるようにと助けているのです。「新宿で映画を」と聞けば、「新宿」は「どこで」の欄に、「映画」は「何を」の欄にそれぞれ入れよ、というように自動的に処理できますからね。




フレームの威力と限界

でたらめ欄順の「きのう、みた、新宿で、ボクは、友だちと、映画を」をそのまま英語にすると次の図になります。

英語をまだよく知らない中学一年生くらいの訪問者でしたら、いまのところ、図の英語は見ているだけでいいですよ。
英単語をデタラメな語順で並べて意味を理解できるのか

近くに英語圏( アメリカ、イギリスなど)の出身者がいたら、見せてごらんなさい。あるいは、欄ごとにちょっと間まを置いてしゃべってごらんなさい。ちゃんと通じますよ。

日本語の場合と同じように、フレームの働きが理解を助けているからです。つまり、英語だって、でたらめの欄順でも、フレームの威力で話は通じるのです。

そうでなくては、英語圏で生まれた乳幼児は最初から正確にしゃべらなくてはならなくなります。それに、英語があまりできない人でも現実に英語圏で生活できています。フレームの威
力を頼りにしているからですよ。

フレームは、ことばそのものがちがっても、しくみは同じです。人間に共通しているのです。

ただし、フレームは万能ではありません。たとえば、次の日本語と英語は同じ形ですが、どうですか?
フレームの限界

新宿でだれがだれをみたのか? それとも、二人はきのうはじめて新宿という街をみた、とでも言いたいのか?

さっき、「オレ、車、買った」の場合は「車がオレを買った」のかな? なんて迷いはしない、といいました。車というものが自分で買い物をすることはありえない、と経験上でわかっているからです。

ところが、この「トム、ボブ」の場合、「みた」ということはトムでもボブでも二人いっしょでもできますね。「だれが」がその三通りあるということになると、「何をみた」のかも決まって
きません。

フレームがいくら威力を発揮しようとしても、これではもうお手上げです。日英とも同じで、話が通じません。フレームの限界です。

図の順番のままで意味がわかるようにするには、日本語の場合は、「新宿で、トムは、ボブを」のように助詞の助けが必要になります

英語の場合は? 英語には助詞がありません。図の順番のままではダメです。「T o m がB o b をみた」のか「B o b がT o m をみた」のか「T o m とB o b が新宿をみた」のかは、じつは、あるルールに基づいた欄順によって決めるしかないのです。

でたらめ欄順でも話は通じるとはいえ、英語にも限界があります。だから、英語を話したり書いたりしている人たちがどういうルールにしたがっているのかは、知っておかなくてはなりません。そのルールを理解するときに「フレーム」の考え方が役に立ちます。

それにもう一つ。

基本的なルールからはみ出た欄順が実際に使われる場合があります。それを理解するのにも「フレーム」が役立ちます。前の例のような「でたらめ欄順」ほどのルール違反ではありませんが、「フレーム」の考え方を知っていると、あわてませんよ。

「フレーム」のおかげで、人と人とのコミュニケーションが成り立っています。

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