大学教授が日本語と比較しながら教える三人称単数のSについて

< s 形ルール> は、一般には、「三単現の‘ s’」と呼ばれています。

「主語が三人称で単数の場合、動詞の現在形には‘ s ’がつく」と説明されています。< s 形ルール> と同じです。

「三人称」というのは、話し手( 私、私たち) と聞き手( 君、君たち) 以外の第三者のことです。

したがって、「三単」とは、‘ I ’ ‘ y o u ’ 以外のあらゆる一つのもの( 人) のことです。


第三者が主語になると、日本語にも< 主語‐ 動詞> の関係にある程度のルールがあります。それを見ておきます
( 日英にかぎらず、同じようなことはほとんどの言語に見られます。他の外国語については何かで調べてみてください)。



日本語は主語によって英語のように動詞は変化するのか?

たとえば、「オレ、車がほしい」の「オレ」を第三者の「彼」に代えると、どうなりまか? 「ほしいらしい」などのようにしてはいけません。「らしい」「ようだ」「そうだ」など、「推測」その他の意味のことばをつけ加えないで言う場合です。

「彼は車をほしがっている」ですよね。「彼は車がほしい」とは言いません。
「彼は車がほしいのだよ」なら、言うことはあります。でも、これも、断定するかのように「推測」を強めた言い方です。「~のだ」などを加えずに「~ ほしい」とは言えません。
注意: 問いなら、「彼は、何がほしいのか? 」と言うこともあります。「私、彼のほしいものを知っている」のように「ほしいもの」と一つの名詞にする場合も、「ほしい」が使えます。いずれも、「彼‐ ほしい」の関係ではありません。

「ほしい」は本人の気持ちそのものですね。他の人は、その人の気持ち自体までは代わりに言うことはできません。だから、推測を抜いて、「彼は車がほしい」とは言い切れないのです。

「ほしがる」は、彼の気持ち自体を言っているのではありません。「強がる」が「強いふりをする」であるように、「~ がる」は、外から見えるいろいろな言動に焦点を当てたことばです。

そういう言動が「ほしい」「強い」という気持ち・心のあらわれである、と見ているのです。その人の気持ちを推測していることともいえますが、むしろ、外にあらわれているほうの事実を断定している、ということです。

したがって、本人の実際の気持ちとちがっていてもかまいません。外にあらわれている言動がそう見えれば、「ほしがっている」「強がっている」と言えてしまいます。気持ち自体を断言したのではないからです。

だから、逆に、「私、車をほしがっている」とは言いません。
自分の気持ちは、自分で見つめればわかりますよね。自分の言動を外から見る必要がありませんから。

ただ、「~ がる」を自分に当てて言う例外的なケースがあります。たとえば、「私、もうこれ以上、ほしがりません」「オレ、そんなにほしがっているか( 強がっているか) ? 」などです。

しかし、それは、「私」を第三者と同様の立場に見立てている場合の言い方です。客観的な目で「私」を見ているので、「私」の「ほしい」気持ち自体には直接は触れません。

「ほしがりません」は「ほしくはありません」ではないのです。気持ちを外にあらわす( 外にあらわれている) かどうかだけの話です。

「~ したい」も、「私、それを買いたい」「彼も、それを買いたがっているよ」ですね。主語によって変わります。
注意:「~ したい」の「たい」は、日本語では助動詞です。「たい」だけでは意味をなさないから、動詞と合体するのです。英語はこれも「ほしい」と同じ動詞‘ w a n t ( w a n t s ) ’ を使います。このサイトでは、「~ したい」を英語にあわせて動詞扱いしていきます。

「何が、何だ( どうだ)」の「どうだ」にあたる「うれしい」「さびしい」「悲しい」なども、同じです。「( 私)、うれしい、さびしい」が「彼女も、うれしがっている、さびしがっている」になりますね。これも、気持ち自体ではなく、外に見える姿を言っているのです。「彼女はうれしい」とは言い切れません。

この「うれしい」などは動詞ではなく、形容詞です。「ほしい」も、日本語の分類では形容詞でしたね。

ところが、「~ がる」になると、日本語では動詞です。気持ちをあらわす形容詞は、主語が第三者になると、「~ がる」語としての動詞に変身してしまうのです(「好き」も気持ちをあらわしますが、これだけは「~ がる」になりません。形容動詞です)。

日本語のこういう突然の変身は英語では起きません。「私、うれしい」も「彼、うれしがっている」も、B パターンです。「うれしい」という形容詞は‘ h a p p y ]’で、“I am happy. ”
“ He is happy. ” です。

動詞「思う」はどうですか?

「ボクは、そう思う」が「彼も、そう思っている」になりますね。
「彼も、そう思います」となると、これからのこと、という感じになります。いま現在の彼について言う場合は、いろいろな証拠に基づいて彼の頭の中を代弁するわけです。「思っている」は「代弁」の表現といえます。

「思う」は、頭の中のことです。したがって、「わかる」「考える」「信じる」「疑う」「感じる」「推測する」「望む」「願う」など、頭の中のことを言う動詞はどれも同じになります。

「私、それ、わかります。そう考えます。そう信じます」が第三者になると「彼も、それはわかっています。そう考えています。そう信じています」となりますね。他も同様。

この「思う( 思います)」などの形を「する」語と呼ぶと、主語が第三者になると、「思っている( 思っています) 」という「している」語になります。
注意: 自分について「そう思っている」と言うことはあります。しかし、第三者について「そう
思う」とは言えません。

このサイトは英語のサイトですから、このあたりのことを詳しく書くわけにもいきません。とても微妙ですので、ゆっくり考えてみてください。この「~ している」という言い方は、日本語ではさまざまな意味で使われますので、あとで何度も出てきますよ。




日本語と英語での動詞の変化を比較してみよう

英語の動詞の語尾‘ s ’ は、日本語でいえば、「~ がる」「~している」に当たる、と考えるといいのではありませんか。

自分のことを言うときは、話し手の自分と聞き手の相手との直接の関係です。ところが、第三者のことを話し手が聞き手に伝えるというのは、一種の三角関係ですね。

「彼」→ 「話し手」→ 「聞き手」という間接的な関係です。「彼」のことが「話し手」を経由するときに、「がる」語・「している」語・英語の動詞s形に変化する、というわけです。

ただ、日本語の場合、主語によってちがいが出るのは、気持ちや頭の中のことを言う場合だけですね。

「かゆい」などの感覚も加えておきましょうか。「かゆがる」ですね。
「頭の中」のこと以外になると、主語による使い分けがなくなってしまいます。たとえば、「ボク、野菜はよく食べるよ、食べているよ」「彼も、よく食べるよ、食べているよ」、「私、車を
もっています」「彼も、もっています」ですね。

その点では、英語のほうが徹底しています。< s 形ルール>は、どんな動詞についても当てはまりますからね。

しかし、「頭の中」のことについてなら、日本語は一貫しています。主語が第三者であれば、複数であろうと、過去の話についてであろうと、「がる」語「している」語を使います。

「彼らは、それをほしがっている」「ボクの両親もそう思っています」ですね。過去の場合でも( 主語が単数でも複数でも)、「彼( 彼ら) もそれをほしがっていた」「彼( 彼ら) もそう思っていた」です。

でもまあ、日英ともにある面だけの徹底です。人間の使うことばは似たようなものですよ。



三人称単数系についてカナダ人ジョーのアドバイス

【Joe’s Report】
Joey wants a dog.
A mother walks past a pet shop with her son. The son says, "I want a dog." Later, the mother says this to her husband: "Joey wants a dog." Here the mother is indicating a truth she has heard. The academic word for the ‘s,’ as you probably know, is Inflectional Affix.’ The ‘s’ doesn't change the verb in any way. The verb is simply the current form used to show that the subject is a "third person."
Mothers can guess the feelings of their children.
In our example , Joey said clearly that he wans a dog. however,the mother could guess he wants a gog from his face and his actions.  The mother still uses the inflectional ‘s’ to tell her husband the fact. She is stating an apparent fact based on the appearances most likely produced by the boy's inner psychic state.

( 要旨)
子どもが「ボク、犬がほしい( w a n t )」と言ったのを母親が夫に事実として伝えるとき、「ジョイが犬をほしがっている( w a n t s )」と言います。その‘ s ’ は専門用語で「語尾変化」といい、‘ s ’ のついた動詞は、主語が第三者であることを示す現在形です。

子どもが何も言わなくても、母親は彼の顔の表情や動作から「ほしい」気持ちを推測することもできます。それを夫に伝えるときにも‘ s ’を使います。子どもの心の状態が外にあらわれ出たことがらとしての事実を述べているのです。

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