現在形の動詞を使うのはどんなとき?

次の二つの文を見くらべてください。
X : 彼は、英語の教師です。
Y : 彼は、( 現在、ある学校で) 英語を教えています。

X をY のように言いかえても、意味は同じですよね。Y の「現在、ある学校で」は、わかりやすくしただけで、なくても意味は同じです。

「英語の先生」は「英語を教えている」

X の英語は“ He is an English teacherです。

‘ i s ’は現在形で、X = Y なので、Y の動詞も現在形にします。

Y :He teaches English.

X の‘ i s ’ は、「現在の一定した状態」を指していました。寝ていても、家でテレビを見ていても、現在の職業は「英語教師」、ですね。

したがって、X = Y だから、Y の現在形‘ t e a c h e s ’ も「現在の一定していること」を指します。「線」としての「現在」です。

「現在、英語を教えるという一定の役割をもっている( そういう立場にある)」ということを‘ t e a c h e s ’は語っているのです。

それを直訳風の日本語で言えば、「彼は英語を教えているんですよ」「彼は、英語を教えていますよ」というあたりにするの
He teaches English.
が自然です。

「教える」( t e a c h ) は、動作動詞ですが、状態動詞と同じく「現在の一定していること」を言う場合には、現在形を使います。‘ t e a c h / t e a c h e s ’ です。

正確にいうと、動作動詞の現在形は、この「現在」のことしか語れません。「いま」( 話をしている時点の一時的なこと) は語れないのです。
注意: 新聞の見出しでは、「台風、九州に上陸する」のように、過去のことを現在形で書きます。日英ともに同じです。

もちろん、「教える」だけではないですよ。
「父は、その会社で働いています」、「あの店は野菜を売っていますよ」、「トムは、大学で心理学を勉強しています」、「地球は太陽のまわりを回っている」その他、何でも同様です。

これらは、仕事、役割、立場、科学的事実など、「現在の一定したこと」を述べています。だから、それぞれの文の動詞は現在形です。主語‐ 動詞の部分だけを示せば、順に、“My father works ?、“The store sells ?(店=store )、“ Tom studies ?,“The earth turns ?,です。


I go to schoolを私は学校へ行くと訳すと変な日本語になってしまう理由

“ He teaches English .を「彼は英語を教える、教えます」とすると、どこかちぐはぐですよね。日本語に慣れない人が言ったことばのように聞こえます。

「彼は英語を教えます」と聞くと、「いつから? 」と聞き返したくなります。「現在、彼は英語を教えます」と言われると、「もうすでに教えているの? 」と確認したくなります。

他の例でも同じですよ。
「父は、その会社で働きます」「あの店は、野菜を売ります」「トムは、大学で心理学を勉強します」などと言えば、それぞれ「いつから? 」と聞きたくなります。

「現在の一定したこと」なら、動作動詞でも、「現在、~ している」という状態として見ている、ということです。

だから、日本語の動詞部分も「~ している」形にするのが自然なのです。
「私は学校へ行く( 行きます)」がヘンなのは、そういうことです。“ I go to school. ” の‘ g o ’ は現在形です。「現在、これは一定していることだ」と言っているのです。だから、「私は
学校に通っています」と言うのがふつうです

動作動詞の一覧で、原形‘ g o ’ を「行く」と表記しました。その動詞が使われている実際の文を抜きにすれば、日本語の辞書の見出しにある語を当てるしかありません。

しかし、それがそのまま実際の文に使われている‘ g o / g o e s ’という現在形にも当てはまる、というのではありません。

日本語の「行く」あるいは「行きます」が主語を受ける動詞として文末で実際に使われるのは、おもに未来の話の場合です。

たとえば、「私、あした、海に行くの( 行きます)」と言うことがありますね。これからのこと( 未来) です。すでに決まっている未来のことを言う場合は、文末は必ず「行く( 行きます)」になります(「の」などの助詞をつけることがありますが)。

英語で未来のことを言う場合は、一つの言い方ですが、‘ will go ’ とします。その‘ g o ’ は原形です。

日本語も、未来には「行く」という辞書の見出し語( いわば原形) を使うという点で、英語と同じです。

日本語も「未来のことには原形を使う」といったら、英語をある程度は知っている人がそれを聞くと、ビックリするでしょうね。人間のことばは、互いに似ているんですよ。

だから、「私は学校へ行く( 行きます)」と言われると、日本語がよくわかっている人には「未来のこと」のように聞こえてくるのです。

“ I go to school.の‘ g o ’ が現在形であることを知っていながら、「行く」という日本語の「原形」をそのまま代入していては、ちぐはぐになってしまいます。

あれ? 「私、ときどき、湘南の海に行くのよ」と言うこともあるではないか、と指摘されそうです。

それは「未来のこと」ではないぞ、とね。



習慣的な行動を表す動詞の形は?進行形?それとも現在形?

「ときどき」などの頻度( 回数の程度) を示すことばを加えて、現在の何かの習慣を言うことがあります。

「私、ときどき、海に行くの」「父は、ときどき、犬と散歩します」などのように。
「ときどき」であっても、そのときそのときをつなげてながめれば、「現在の一定したこと」ですよね。したがって、英語の動詞は現在形になります。

ときどき、海に行くの:I go to the sea sometimes.
ときどき、犬と散歩します: My father walks with a dog sometimes.

注意: この‘ sometimes ’( ときどき)は、動詞‘ g o ’‘ w a l k s ’ の直前に置くことのほ
うがふつうなのですが、いまはこうしておきます

日本語の場合、「ときどき」「しばしば( よく)」「毎日」などの頻度を意識すると、上例のとおり、文末が「原形」のような「~ する」形になることがあります。

でも、それらも習慣として「現在、ある頻度で一定していること」なので、「~ している」形でも言えますね。「私、ときどき、海に行っています」「父は、ときどき、犬と散歩しています」
のように。

習慣的なことは、「一定」でも、「線」というより「点線」のように飛び飛びだから、表現もどっちつかずになるのです。

これは、英語とは無関係で、日本語だけの問題ですよ。英語は、習慣的な行動も「現在の一定したこと」にちがいはないので、動詞は必ず現在形です。一貫しています。

習慣の例をあげましょう。
私、毎朝、新聞は読みますよ( 読んでいますよ)
= I read the newspaper every morning.( 新聞= n e w s p a p e r。いつも決まった「新聞」がふつうなので、‘ t h e ’を前置きにします。「毎朝」は、‘ every morning ’ で、‘ e v e r y’ は、それぞれ一回一回を指します)

彼女は、日曜日はいつもテニスをするんだよ( しているよ)
= She plays tennis every Sunday.

あの子ら、毎日、その公園で遊ぶんだよ( 遊んでいるんだよ)
= They play in the park every day.  (「毎日」= every day)、その公園で= in the park



起点・終点をあらわす動作動詞

習慣的なことでも、動きの起点・終点をあらわす動作動詞は、日本語では「~ している」形にはなりません。必ず「~ する」形です。

「はじまる( はじめる)」「終わる、終える」「開く、開ける」
「閉まる、閉める」「起きる」「着く( 到着する)」などです。

たとえば、「ボクらの学校は毎日8 時にはじまるよ」は習慣的な決まりごとですね。英語は、現在形です。“Our school starts at eight every day. ( 8 時に= at eight )

「母は、6 時に起きます」も、いつもの習慣です。“My mother gets up at 6.”です(‘ get up’ の二語で「起きる」の意味)

これを日本語で「学校は毎日8 時にはじまっているよ」「母は6 時に起きています」と言ってしまうと、その時刻にはすでにはじまっている( 起きている) という感じに聞こえてしまいますよね。日本語のこの「~ している」形は、また別の意味なのです。

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